トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.43

心の、社会の「バリア」なんてぶち壊せ!

障害のある人もない人も、互いに支え合い、地域で生き生きと明るく豊かに暮らしていける社会を目指す「ノーマライゼーション」。例えば、車いす使用者用トイレやホームドア等の設備を整えることも、そのための方法のひとつです。しかし、ハード面でのバリアフリーは進んでも、人と人、いわばソフト面でのバリアフリーはどうでしょう。海外の共生社会を経験してきたパラリンピアン、障害者の立場から社会の在り方を考える研究者、いち早く障害者雇用に取り組んできた企業の方々に、日本のノーマライゼーションの実態や課題について話をうかがいました。

Angle C

前編

「障害」は個人ではなく環境にある

公開日:2023/4/20

東京大学 先端科学技術研究センター 当事者研究分野

准教授

熊谷 晋一郎

公共交通機関にエレベーターやスロープが設置されたり、ショッピングセンターにバリアフリートイレが用意されたり、年齢や障害の有無に関係なく「誰もが住みやすい」社会の整備が進められています。その背景のひとつに「障害の社会モデル」という考え方があります。障害者支援の形に変化をもたらし、バリアフリー化を加速させたというこの考え方はどのようなものなのでしょうか。ご自身も障害者であり、「当事者研究(※)」で知られる熊谷晋一郎さんに詳しくうかがいました。
 ※障害や病気などの困難を抱えた人々が、自分自身の経験を対象に、そのメカニズムや対処法について、類似した困難をもつ仲間とともに研究する取り組み。

現在のバリアフリーな社会づくりなどの背景にある、「障害の社会モデル」という考え方について教えてください。

 「障害の社会モデル」とは、障害は個人の問題でなく、受け入れる社会の側に問題があって起きているとする考え方で、現在の障害を捉えるときの基盤となっています。2006年に国連で採択された「障害者権利条約(※1)」も「障害の社会モデル」の考えがベースにあり、また首相官邸による「ユニバーサルデザイン2020行動計画(※2)」(2017年2月ユニバーサルデザイン関係閣僚会議決定)でも、「障害は個人の心身機能の障害と社会的障壁の相互作用によって創り出されているものであり、社会的障壁を取り除くのは社会の責務である」としています。
 ※1 障害者の人権及び基本的自由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的として、障害者の権利の実現のための措置等について定める条約。
 ※2 「2020年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会」を契機とした共生社会実現のための取組をとりまとめたもの。ユニバーサルデザインの街づくりと「心のバリアフリー」を共生社会の実現に向けた大きな二つの柱としている。

例えば、車いす使用者の方が段差に困っていた場合、「障害」として捉えるべきなのは段差であり、車いす使用者の方の個人的な能力の欠損ではないという考え方ですね。スロープ板を設置すれば、「障害」は解消されます。こうした考え方が広がる前は、どのような観点から障害者支援が行われていたのでしょうか。

 障害者を「どうしたら健常者に近づけられるか?」という社会の均質性を重視する観点からの障害者支援が一般的でした。しかし、過度な負担を本人に課すリハビリテーションや治療を行っても「健常化」が起きない状況も多数存在します。それゆえに、障害者の心身を変えようとするのでなく、社会環境を変えるという「障害の社会モデル」の考え方が広がることは、より多くの人にとって住みやすいインクルーシブな社会(※)に向かう原動力になります。もちろん、誰しも自身の「健常化」を望む場面はありますし、リハビリテーション等によりそれが可能な状況もあります。私自身も、生まれつきの脳性麻痺という特徴は受け入れていますが、30歳以降に経験した頚椎症は治るといいなと捉えています。社会モデルは、一人一人の個人が、身体機能の違いに関わらず、平等に選択機会を保障される社会環境を目指すものであり、その中には、医療サービスを使うという選択機会も含まれます。したがって、社会モデルは医療を否定しているわけではありません。
 ただ、注意してほしいのは、運動面の機能障害は比較的分かりやすく、行政などでも社会モデルの考え方をもとにした対応が進んでいますが、精神障害や発達障害など、認知面の機能障害のある人への対応はまだ始まったばかりという点です。
 ※「インクルーシブ(inclusive)」には「すべてを含んでいるさま」「包摂的」という意味があり、「インクルーシブな社会」は多様性を認め、すべての人がお互いを尊重して共生していく社会をいう。

『こころと社会のバリアフリーハンドブック』(国土交通省)より引用(一部加工)
  健常者を前提として作られた現代の社会環境は、障害のある人に上記のような「障壁(バリア)」をもたらす。これらを社会全体の問題として捉え、取り除くのは社会の責務であるというのが「障害の社会モデル」の考え方。

熊谷様ご自身も、健常化を目指すリハビリテーションで、ご家族を含め大変な苦労をされたと伺いました。

 私は脳性麻痺で、生まれたときから首から下の体幹や手足を動かしにくいのですが、今は何とか指先で電動車いすやスマホを操作することができます。私の子ども時代は、「一生懸命リハビリテーションを続ければ多くの脳性まひ者は治る」と信じられており、私も1日5、6時間のリハビリテーションを強いられました。母は仕事を辞め、家事、私のリハビリテーションや生活面でのケアなどをワンオペで頑張っていましたが、ほとんど状況は変わりませんでした。その後、80年代に医療界で「根拠のある治療(EBM=Evidence-Based Medicine)」が重視され始め、リハビリテーションでは身体機能がそれほど改善しないケースが多いことが明らかになって、私は過酷なリハビリテーションからようやく解放されたのです。

当時の医療界を考えると仕方がないのでしょうが、専門家の常識が180度変わるというのは、患者としては本当につらいと思います。そうした経験が、現在の「障害者の当事者研究」につながったのでしょうか。

 この件で、専門家の見解が当事者やその家族の日常生活に与える影響の大きさを実感しました。専門家の知識は重要ですがそれだけでは不完全です。はしごを外された私たち家族を救ってくれたのは、当事者たちが打ち立てた、障害の社会モデルという見識でした。専門家の知と当事者の知、今後は両方が協力し合って新しい知見を出していくことが大切だと考えました。
 現在は、「障害の社会モデル」で見落とされがちな精神障害や発達障害の人の経験について、当事者研究の角度から明らかにしようとしています。

熊谷様は、東京大学でバリアアフリー支援室の室長も務めていらっしゃるとか。大学というひとつの社会のバリアフリー化を進める上で感じることや課題はありますか。

 障害者差別解消法(※)などの制度が整ってきたこともあり、本学でのバリアフリーの施策も迅速に進められるようになったと感じています。その点は評価すべきですが、一方で制度が整い、当支援室のような専門の部署ができると、一般の学生や職員に「バリアフリーのことは専門家に任せておけばいい」といった空気が生まれやすくなるように思います。私が大学に入学したころは、ほかの教員や学生と一緒に校内をまわり、バリアを見つけ、どうバリアフリー化すればいいのか共に解決策を考えたりしていました。もちろん、専門の部署や支援する制度があれば物事はスムーズに進みますが、今後はもっと誰もが「障害の社会モデル」を自分事として捉えられるようなアプローチが重要になると考えています。現在の社会全体でも同様の問題を抱えているのではないでしょうか。
 また、もうひとつ課題となっているのは実験や実習のバリアフリー化です。テキストの点字データ化や対面朗読、映像教材への字幕挿入など座学の部分のバリアフリー化はそれなりに進んでいますが、器具を使った実験や、私が卒業した医学部であれば臨床実習などの部分は、残念ながらバリアフリー化が進んでいません。これは専門分野ごとに必要な環境整備や配慮が異なってくる領域ですので、学会・協会の単位でバリアフリー化のガイドラインを作る必要があると考えています。
 ※すべての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向け、障害を理由とする差別の解消を推進することを目的として、2013年6月に制定された法律。

以前、熊谷先生はテレビやWEBサイトなどで、「コロナ禍によって『総障害者化』が起きた」と発言されていました。「障害の社会モデル」を自分事として捉えようとした時に、非常にわかりやすいなと思いました。

 「障害の社会モデル」の観点では、障害者とは心身の機能が平均から大きく外れた人ではなく、現在の社会環境とマッチしない人を意味しています。コロナ禍により、行きたい場所に行けない、会いたい人に会えない、互いにコミュニケーションがとりづらいなど、行動の制約によって大きなストレスも抱えた人も多かったと思います。社会環境の急変によってミスマッチが普遍化し、誰もが障害者になったともいえます。一方で、以前は苦手だったコミュニケーションがテレワークで負担が軽減され、仕事がしやすくなったなど、新たな社会環境がマッチした人もいました。障害者と健常者の線引きの場所が、変わったともいえるでしょう。もちろん普遍化といっても、誰もが同程度の障害を経験するようになったのではなく、数々のデータによると格差はむしろ広がってはいます。障害の普遍化と格差の拡大の組み合わせは、対立の土壌ともなります。しかしその一方で、こうした視点から情報発信することで、多くの人に「障害の社会モデル」を理解してもらいやすくなる状況にもあると思います。対立ではなく連帯につながることを祈るようにして、発信しました。

くまがや・しんいちろう 東京大学 先端科学技術研究センター 当事者研究分野 准教授。2001年3月東京大学医学部医学科卒業。同大学医学部附属病院小児科研修医を経て、千葉西総合病院小児科勤務。2004年8月から埼玉医科大学病院小児心臓科病棟助手を務める。2009年9月東京大学大学院医学系研究科生体物理医学専攻博士課程単位取得退学。同年11月東京大学先端科学技術研究センター特任講師に就任。2014年7月東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士号(学術)取得。2015年4月から現職。
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