トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.38

地図から読み解く時代の流れ

スマートフォンの普及などにより、地図の在り方が大きく変わりつつあります。目的地へのナビゲーションも一昔前は紙の地図帳頼りだったのに、今では目的地周辺のお店の情報までわかったり、バリアフリーのルートを探せたり。人流、気象など、さまざまな情報と掛け合わせられるサービスもあれば、アートとして地図を捉えてまったくの架空の街の地図を描くなど、地図の活用方法も楽しみ方もどんどん拡がっています。ここで紹介する地図に関わる方たちの話から、あなたも新しいビジネスのヒントが見つかるかもしれません。

Angle C

前編

PLATEAUが拓く都市のデジタルツインの世界

公開日:2022/10/11

Symmetry Dimensions Inc.

CEO

沼倉 正吾

 国土交通省が2020年から始動したプロジェクト「PLATEAU(プラトー)」。3D都市モデルのデータをオープンデータとして公開し、都市のデジタルツイン構築を官民協働で進めています。「PLATEAU」のユースケース開発にも参画しているSymmetry Dimensions Inc.の代表・沼倉正吾さんにデジタルツインやPLATEAUの考え方についてお聞きしました。

Symmetry Dimensions Inc.は、どのような会社ですか。

 当社は2014年に設立した会社で、当初はVRソフトウェアの開発をしていました。代表的な製品は、建築やデザインで使われている3DCADのファイルをVRコンテンツに変換するソフトウェアです。ヘッドマウントディスプレイを装着すると目の前に実物大の3Dモデルが現れ、その中に入ってデザインの確認などができます。その後、2018年からはデジタルツインに軸足を移しています。

「デジタルツイン」というのは、現実世界のものをデジタル空間に再現したものですよね。取り組み始めたきっかけは何だったのでしょうか。

 VRソフトの開発をしていた頃から「より実物に近い3Dモデルの中にリアルタイムで入り込みたい」というニーズはあったのですが、当時は技術的に実現が難しかった。それが2018年になると、5Gという新しい通信規格が登場し、3Dモデルを構成する点群データ(※)や3DCADのデータを高速で動かせる技術も出てきた。周辺環境が整ってきたので、デジタルツインに本腰を入れて取り組むことにしました。
 ※3Dの形状を点の集まりで表したもの。

デジタルツインは、具体的にどのような使い方をするものなのですか。

 デジタルツイン自体は昔からある考え方で、もともと工業製品の開発の現場で使われていました。例えば、車の開発では模型を作って風防や衝突の実験などを行っていましたが、今はPC上のデジタルツインを使ってシミュレーションできるようになっています。これがデジタルツインの最初の使われ方でした。その後、さまざまなIoTセンサが出てくると、今度は車にセンサをつけ、実際のドライバーの操縦の仕方などを3Dモデル上に反映して開発に活かす、という使い方ができるようになりました。

ものづくりの現場で発展してきたのですね。

 はい。現在は都市そのものを反映したデジタルツインができ、現実の都市のリアルタイムの状況をデジタルツイン上で確認できるようになろうとしています。実際の都市の見かけのかたちは3DCADや点群データで構成しつつ、気温、湿度、騒音、人流などのデータをセンサから取得し、現在の都市の様子をまるごと再現できるようになる。これが現在のデジタルツインのかたちです。

都市をまるごと再現できるとなると、いろいろなことができそうですね。

 「再現した都市のデータを見ながら、都市開発の計画を立てる」なんてことができるようになります。問題点も発見しやすくなります。
 デジタルツインとは要するに、現実の世界の静的な事柄と動的な事柄をデータとして集め、デジタルの中で再現するということです。それを現実の製品や都市に当てはめて課題の発見や解決につなげる、この一連の流れがデジタルツインの考え方になっています。

都市のデジタルツインというのは、いつ頃からあるのですか。

 2014年にシンガポールが発表した「バーチャルシンガポール」が、都市のデジタルツインの先駆けといわれています。国土全体の3Dモデルを作り、都市計画のシミュレーションをやり始めました。その後、2018年頃から主に建築や建設の分野で話題にのぼるようになってきました。

実用化のための技術環境が整ってきたのが2018年頃だったということですね。

 そうですね。私が最初に都市のデジタルツインの情報に触れたのは、2018年にラスベガスで開催された「SPAR 3D」という展示会です。これは、ドローンなどの3Dデータを取得するための機械の展示会だったのですが、そのカンファレンスで話題になりました。いろいろな機械が出てきて価格も下がってきていたので、そろそろ都市のデジタルツインが作れるのではないか、と。

日本国内でもその頃から話題になっていたのですか。

 2018年に「DTTF2018(Digital Twin&Transformation Forum 2018/日経 xTECH主催)」というイベントで、都市のデジタルツインについて話をさせていただいたのですが、当時はGoogleで検索しても都市のデジタルツインに関する日本語のサイトはほとんどありませんでした。2019年にNTTドコモさんと当社とで、「建設現場のデジタルツインを構築する」というプロジェクトを発表したところ、話題となって、一気に広まってきました。さらに、2020年に「PLATEAU」が登場したことで実用化の動きが加速してきたという状況です。

PLATEAUのリリースは大きなインパクトがあったのですね。

 都市の3Dモデル自体は地図会社などが発売していたのですが、どれも高額であったため、気軽に実証してみようという風にはなりませんでした。それが、PLATEAUは「無償で二次利用できるオープンデータ」として公開されたので、誰もが多目的に使えるようになりました。都市の3Dモデルのデータを作るのは、デジタルツインをやっていく上で一番お金も手間もかかるところだったので、そこを国がやってくれたというのは大きかったですね。

PLATEAUにはどんな特徴があるのでしょうか。

 都市空間に存在する建物や街路、橋梁といったオブジェクトを定義し、これらに名称や用途、建設した年、行政計画などの都市活動情報を付与している点が挙げられます(セマンティクス・モデル)。形状を再現しただけの都市の3Dデータなら、他のサービスにもあります。PLATEAUの場合は、それに加えて「ビルのどこにドアがある」「所有者は誰々である」といったデータも含まれているので、単なる3Dモデルではありません。こういったデータが入ることではじめてシミュレーションなどが行えるようになるので、最初からデジタルツインとして使いやすいものになっています。

見た目もけっこうリアルに再現されていますよね。

 3D都市モデルの詳細度には「LOD」という尺度が設定されており、LOD0が2Dのデータ、LOD1でシンプルな箱型の3Dオブジェクトになり、LOD2になると建物ごとの形状の違いやテクスチャーが表現できます。PLATEAUの3Dモデルは現状ほとんどがLOD1~2になっており、精緻さをどこまで追求するかは今後の課題ですが、街を表現するという意味では十分使える品質であると考えています。
 PLATEAUは登場したばかりで、まだまだ足りない部分もあります。しかし、都市のデジタルツイン実用化への道筋を開いたというところに意味があります。国が方向性を示したことで、「これを使ってこういうことをやろう」というような流れが生まれる。そういう流れを作ったことがPLATEAUの一番の価値であると考えています。

ぬまくら・しょうご 1973年生まれ、Symmetry Dimensions Inc. CEO。2014年にXR開発を手掛けるSymmetry Dimensions Inc.(旧社名:DVERSE Inc.)を米・デラウェア州に設立。同社が開発したビジネス向けVRツール「SYMMETRY」は世界で2万2000ユーザーが利用。2021年6月には都市のデジタルツインプラットフォームである「SYMMETRY Digital Twin Cloud」をローンチ。「データの民主化」を掲げ、PLATEAUなどのデータを、誰もが簡単に扱えるようにするための開発を行っている。
インタビュー一覧へ

このページの先頭へ