トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.26

伝統の灯を消すな!無形文化遺産

2020年12月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)は、日本の宮大工や左官職人らが継承する「伝統建築工匠(こうしょう)の技 木造建造物を受け継ぐための伝統技術」を無形文化遺産に登録することを決定した。建造物そのものだけでなく、それを支える技術を登録することで、国際社会での無形文化遺産の保護の取り組みに大きく貢献することが評価された。国内のみならず、世界に日本の伝統工芸技術を発信することで、いかにして後継者不足を克服し技術を継承するべきかを探る。

Angle C

後編

南門復原の見学で伝統の技を知って

公開日:2021/2/26

国土交通省近畿地方整備局京都営繕事務所

保全指導・品質確保課長

野﨑 浩記

奈良時代を体感できる公園として、平城宮跡を活かしながら、展示施設だけでなく、巨大な建造物を当時あった位置に復原するという壮大な計画で整備が続けられる平城宮跡歴史公園。現在は国土交通省近畿地方整備局により、天皇による政治や国家的な儀式が行われた大極殿院の正面入り口となる「南門」の復原工事が行われ、その様子が復原事業情報館で公開されている。当時の技術はどのようなもので、現代に再現するにはどのような苦労があったのだろうか。

現在、行われている南門の復原工事について教えてください。

 大極殿院の正門である南門を通ることが許されたのは天皇だけだったといわれています。南門は屋根が2層あって、下層には3つの扉を備えた扉が3つついた門で、間口約22メートル、奥行約9メートル、高さ約20メートル、完成すれば、木造伝統建築では日本で9番目に高い門になります。計480立方メートルの木材を使用し、99%が国産のヒノキ、1%が国産のケヤキを使っています。2017年(平成29年)に工事が始まり、2022年(令和4年)春に完成の予定です。
 大極殿院の具体的な復原計画は2011年(平成23年)に策定され、既に完成している大極殿と現在工事中の南門のほか、大極殿を囲む回廊、南門を入ってすぐの左右にあった東西の楼閣、院内広場などの復原が完成すれば、平城「京」の朱雀大路から朱雀門を通って平城「宮」の中へ、さらに南門をくぐって大極殿院に入ると、巨大な大極殿が正面に見えるという当時の外国使節が通ったであろう道筋をたどることができます。
 これらの復原にあたっては、発掘成果を検討し、奈良時代の現存建築などを参考に、細部に至るまで復原研究を重ねました。また当時、木材の運搬には水運を使ったことが、発掘調査で出土する柱にいかだを組んだ穴のあることからわかります。また、瓦を焼く窯が平城宮からやや離れたところで見つかっており、瓦の焼成方法がわかります。このように、発掘調査によって、古代のさまざまな技術がわかることもあります。

【第一次大極殿院の完成予想模型。奥が大極殿正殿、手前中央が南門、その左右に見えるのが東楼と西楼】

南門の復原工事を見ることができるそうですね。

 現在、建築中の南門を雨風から守るため、巨大な仮設の「素屋根」(前編の写真参照)に覆われていますが、その内部を見学できる現場公開施設から見学できるほか、春と秋には特別公開をおこなってきました。さらに近畿地方整備局のホームページから随時申し込みができる特別公開「魅せる現場」を開催しました。伝統工法による工事の現場を見るという、復原工事期間中だけの特別な体験ができますが、新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から見合わせざるを得ませんでした。
 そこで近畿地方整備局では、パソコンやスマートフォンで、素屋根の中をバーチャルで見学できる3Dウォークスルーを公開しています。自宅などで、まるで素屋根の中の見学ルートを実際に歩いているように見ることができます。
 また、現場に隣接する「復原事業情報館」では、第一次大極殿院の全体と整備中の状況を知ることができるトピック展示を行っています。

復原にはどのような工法・技術・材料が使われており、どんなことが大変でしたか?

 一般的に伝統建築といえば寺社建築で、そのほとんどが鎌倉時代以降の建築様式や技法を用いているのに対して、平城宮跡は1300年前の時代ですので、ややなじみの薄い奈良時代の建築様式や技法で復原しなければならず、そうした違いを把握するのに時間がかかりました。
 例えば、各部材の表面には、ヤリガンナという道具で仕上げをしています。当時は木材を割り裂き、チョウナという道具で粗削りして、ヤリガンナで仕上げを施すという工程をたどっていました。ヤリガンナを用いるとササの葉状の凹凸がつきますが、それが当時の「平ら」な仕上げでした。江戸時代に現在も使われている台ガンナが現れ、ヤリガンナ仕上げはその技能が現代まで継承されませんでした。そこで鎌倉・室町時代の絵巻物に描かれた造営現場に見えるヤリガンナや、歴史的建造物に残るヤリガンナ仕上げの痕跡をもとに、南門で初めて取り組んだわけではありませんが、奈良時代の伝統技能の普及・継承の一助を担っています。
 また、材料の確保や材木商の方々の苦労は言葉だけで伝えられません。大きな直径で長い木材や数の多い木材の確保、見え隠れを考えての節の位置、乾燥割れが表に出ないような工夫など、大変な苦労がありました。

【南門復原工事の現場で、ヤリガンナを使い屋根の部材の仕上げを行う宮大工】

そのほかにもクリアすべきことがたくさんあったそうですね。

 国指定の史跡や特別史跡に歴史的建造物を復原するにあたっては文化庁が一定の基準を示しており、有識者で構成する専門委員会で復原建造物の構造・意匠について審議し、原位置で、復原設定年代の材料・工法によって、できるだけ忠実に再現することとされています。さらに耐震や防火など安全性の確保も審議の対象となります。まず、奈良時代にどのようなものであったかを設計し、奈良時代の構造を解析したうえで、現行法令に照らして強度が足りないなら補強を行い、安全性の確保を行っています。その際、復原建造物の意匠をできるだけ損なわないように配慮し、やむを得ず影響を受ける場合も最低限に抑えるようにしています。

そもそも、伝統的な工法・技術・材料などは必要に応じて供給できるほど継承されているのでしょうか。

 文化庁では、文化財を保存するための伝統的な技を「選定保存技術」として選定し、技術・技能の保持者や保存団体を認定する制度を設けています。そのうえで技術の向上、技術者の確保のための養成とともに記録の作成を行っています。
 平城宮跡では、すでに大型復原建造物として朱雀門と第一次大極殿が施工された実績がありました。国交省により行われている今回の南門の復原整備は、前の2例の建設資料や工事関係者等の経験を活かして遅滞なく作業を進めることができました。木材については、文化庁が「ふるさと文化財の森システム推進事業」として国宝や重要文化財などの建造物を修理し、後世に伝えていくための木材確保と技能者養成を行っています。ただ、南門の復原で使う大きな直径の木材はこの事業では確保できないので、材木商の方々の努力が大きかったです。

読者へのメッセージをお願いします。

 2020年(令和2年)12月に「伝統建築工匠の技 木造建造物を受け継ぐための伝統技術」がユネスコの無形文化遺産に正式登録されました。平城宮跡歴史公園では、その選定技術である「建造物修理」「建造物木工」「建造物装飾」「建造物彩色」「屋根瓦葺(本瓦葺)」「左官(日本壁)」「日本産漆(うるし)生産・精製」「縁付金箔製造」の工匠らにより復原整備がなされています。今後も、復原整備の継続による伝統技能の継承と、復原の意義と、奈良時代の宮殿の理解を深めるために、今後もさらに第一次大極殿院の復原事業を進め、
現場公開などを行って行きますので、ぜひお越しください。
また、近畿地方整備局営繕部では、伝統的な工法の担い手確保につながるよう、今回の南門復原工事で木工事や瓦工事など伝統的な工法に携わる職人の方々をホームページで紹介していますので、ぜひごらんください。

 歌舞伎俳優の尾上松也さんは、2008年に歌舞伎が無形文化遺産に登録されたことを踏まえ、「古典演目の継承には文化的な価値という意味もある」としたうえで、「先輩から教わった芸や想いを後輩に伝え、歌舞伎の継承や繁栄につなげることが、恩返しになる」と語った。子どもたちの日用品を職人とともにつくる「和える」代表取締役の矢島里佳さんは、日本の伝統を次の世代に伝えるための方策を「子どもの頃に身に付けた感性が、文化を楽しんで生きていくライフスタイルの醸成に繋がる」と語った。奈良時代の都、平城京の中心に位置した平城宮跡で整備が進む歴史公園。発注者側の主任監督員を務める野﨑浩記さんは「大極殿など巨大な復原建造物を通じて奈良時代を体験してほしい」と呼びかけるとともに、「伝統技能の継承や奈良時代の宮殿の理解を深めるために、さらに復原事業を進めたい」と語った。
 次号のテーマは「復興の先へ!震災10年のまちづくり」。東北3県を中心に未曽有の被害をもたらした東日本大震災から10年。被災地には依然として帰還困難区域が残るなど、復興はいまだ道半ばです。被災地の現状、今後のまちづくりのあり方などについて、3人の識者にうかがいます。(Grasp編集部)

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