トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.18

自転車で切り拓く、新たなライフスタイル

近年、全国各地でサイクルツーリズムやシェアサイクルなど自転車を活用した取り組みが活発だが、自転車には観光振興、環境に優しい都市空間の創出、交通渋滞の緩和、健康づくりなど、様々な面からの暮らし向上につながる可能性がある。民間はもとより国も2017年に自転車活用推進法を施行し、5月を自転車月間と定め、18年には自転車活用推進計画を策定するなど自転車の活用推進に積極的に取り組んでいる。自動車社会の見直し機運が高まる中で、自転車をどのように位置づけていくか、各地で議論が活発になっている。

Angle C

後編

日本独自の自転車環境作りが大切

公開日:2020/5/29

東京工業大学

副学長 環境・社会理工学院教授

屋井 鉄雄

2018年の自転車活用推進計画の閣議決定を契機として、国は地方自治体、企業、民間団体などと連携し、「GOOD CYCLE JAPAN」と銘打ってオールジャパンで積極的に自転車の活用を推し進めている。今後、自転車の活用をより一層進めていくためには、どのようなことが求められるだろうか。

自転車を利用する際、利用者側に求められることは何でしょうか?

 今の時代、自転車を利用する人が自転車そのものについてイメージを変える必要があります。これまで自転車は道路の中で、交通手段として弱者側、交通政策において「弱い」という認識がありました。今後、道路上における弱者をどうとらえるか。自転車のポジショニングをどうとらえるかが課題になってくるでしょう。
 実際、日常生活の中で、歩道の上で危ない思いをしている人は少なくありません。自転車事故自体は減っていて、自転車事故に対する賠償制度も整備されてきましたが、自転車の利用者が「歩行者の仲間」ではなく「車道走行の仲間」という意識を持つことも重要です。このため、自転車が歩道を通らずに走行できるネットワークをつくることが大切です。
 その観点でいうと、東京都のJR蒲田駅前では、車道から歩道を経由せずに駐輪でき、出庫時にも直接自転車レーンに入ることができる地下駐輪場を設ける計画が進んでいます。一方、シェアサイクルは都心部の駐輪場不足を補う手軽な手段としても価値がありますが、現状ではポートが歩道をまたぐ民地に多くあるため、自転車の歩道通行を助長しているという問題も発生しています。少なくとも、これまでの発想の延長線上で、歩道通行を前提とした整備を進める必要性は明らかに減っていると思います。

自転車が快適に走行するために今後、道路をどのように整備すべきでしょうか?

 アメリカの各地域では、2000年代に入ってから自転車活用の長期計画を立てています。費用対効果は高くないけれども、「自転車が快適に走行できる道路の整備をしっかりするべきだ」ということを印象づけてきました。それまでクルマ中心目線で考えられてきた道路整備のあり方に、自転車も利用しやすいよう新たな理念を持たせることで、自転車を含むすべての道路利用者にとって道路があると宣言して法律を作る地域も増えてきました。
 このほかにも自転車の走行について、各国がさまざまな取り組みをしています。ヨーロッパでは、コペンハーゲンやパリなどで自転車走行のネットワークの整備が進んでいます。日本は自転車の保有台数は多いものの、現状ではアメリカをはじめ他国に後れを取っています。
 また、自転車以外にも、未来には配送ロボットやロボットスーツを着けた高齢者、さまざまなマイクロモビリティーなどが出てくると思います。どういう移動手段で移動するか、させるかによって、道路空間や通行空間の整備の考え方も影響を受けるでしょう。公共交通や個人の自動車、自転車などが移動する場所としてだけではなく、様々な主体の共存する公共空間として、改めて優先関係や空間配分の考え方が議論の俎上(そじょう)に上るかもしれません。自転車の位置づけが明確ではなかった日本では結構難題であるかもしれません。

【日本独自の新たな自転車の活用スタイルを提案できるか】

東京都千代田区で※自転車活用推進官民連携協議会HPより

昨年4月には道路構造令も一部改正されましたね。

 日本の自転車道について、自転車歩行者道(自歩道)、自転車歩行者専用道路、自転車専用通行帯(自転車レーン)、自転車通行帯などの定義をはっきり知らない人が多いと思います。正確に知っている人はほぼ皆無ではないかと思います。それが日本の問題です。この中で最も新しいのが、道路構造令に定められた自転車通行帯です。
 2007年以降、自転車は原則、車道走行であると再確認されましたが、これまで自転車レーンに車が停車することによって、自転車が安全に走行できない深刻な問題が起きていました。それが、今回の道路構造令の改正により、停車帯と自転車通行帯(自転車レーンと同じ)という2つの空間を同じ法令の根拠のもとで併設することが可能になりました。 
 片側2車線以上の道路の歩道側3.5メートル以上の第1車線であれば1.5メートルを自転車通行帯にして、2.0メートル以上を停車帯にすることができます。停車車両が1台でもあれば、使えなかった車線を自転車と停車に明快に活用できます。外国では通行帯の横に停車帯を設けるのが常識ですが、日本でも遅ればせながらようやく解決に向かえます。

日本が自転車の活用を推進していく上で大切な視点とは何でしょうか?

 日本は、超高齢社会の先頭を走る課題先進国として、他国では実現していない自転車の活用を提案できる可能性があります。これまでは、人口の半数以上の台数が存在し、多くの人が何らかの形で自転車に関わりを持ってきました。また、長らく歩行者の仲間として歩道を利用してきた経緯もありますので、今からアメリカやヨーロッパの国々に追従するよりも、むしろ日本独自の新たなスタイルを様々なモビリティーが乱立する前に示すべきではないでしょうか。
人間は考えることと歩くことは最後までやめようとしません。そして、自転車に乗ることは歩くことの次に「自力で移動する」意味を持っていると思います。だからこそ、歩行者と自転車との両者が一層快適に移動できる道路環境を、将来に向けて今から本気で作らないといけないと思います。(了)

タレントの稲村亜美氏は、自転車の魅力を「ペダルをこいで運動して感じる風」と語り、自転車のあるライフスタイルがもたらす豊かさを教えてくれた。NPO法人シクロツーリズムの山本優子氏は、「しまなみ海道」での自転車を活用した地域おこしの活動を通じて、サイクリストと地元住民とのより一層の交流や、自転車と観光業をマッチングさせていくことが重要であると語った。東工大副学長の屋井鉄雄氏は、日本が超高齢社会を迎える課題先進国として、歩行者と自転車との両者が一層快適に移動できる道路環境づくりを本気で考えることが重要と指摘する。
次号のテーマは「離島は日本のサテライト拠点?」です。日本には、その領域、排他的経済水域の保全や、多様な歴史や文化の継承といった様々な重要な役割を担う離島が数多くあります。近年では、離島と企業をつないだり、ICT等の新たな技術を離島に積極的に導入するなどの取り組みも行われています。また、働き方改革などでリモートワークが広がるなか、ワーク・ライフ・バランスを実現する環境を持つ離島の多様な魅力や課題などを識者に伺います。(Grasp編集部)

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