トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.31

ビジネスマン必携!?進化する白書

各省庁の取り組みや、その背景となる社会の実態などをとりまとめて発行している白書。変化の激しい時代の流れや、日本という国がどこに向かっているかを知る手がかりが凝縮されているのだ。質の高い情報を活用して新たな価値を想像することが求められているビジネスマンたちとって、白書はどんな利用価値があるのか。そのヒントを探る。

Angle A

後編

新たなレールを拓く勇気を持とう

公開日:2021/8/3

女子鉄アナウンサー

久野 知美

純粋な「京阪愛」をルーツに「青春18きっぷ」でより深く鉄道の魅力を知り、熱烈な鉄道ファンのマネージャーと出会い、「鉄道」を軸にアナウンサー人生も大きく展開することになった「女子鉄アナウンサー」久野さん。鉄道をめぐる尽きないエピソードとともに、情報の集めかたや活用のしかたによって新たな仕事につなげる、その仕事術を聞いた。

「女子鉄アナウンサー」という呼び方は久野さんにぴったりですね。

 鉄道好きの女性は「鉄子」とも言われますよね。私はその呼び方が嫌いというわけではないのですが、どこか偏ったイメージで見られることに抵抗を覚えた経験がありました。たとえば女性登山者の「山ガール」のような、別の呼び名はないものかと感じていたので、女性の鉄道ファンが「女子鉄」と呼ばれ始めた時はいいなと思いました。でも、自分から「女子鉄」に「アナウンサー」をつけて名乗り始めたわけではないんです。それは、私が鉄道の遅延に巻き込まれたことがきっかけでした。
 2015年2月1日の午後、私は札幌発の寝台特急「トワイライトエクスプレス」にプライベートで乗車しました。順調に走行すれば翌2日のお昼過ぎに大阪駅に到着する列車です。ところが青森県内の大雪で、出発した日の深夜11時過ぎに立ち往生してしまい、約12時間動けなかったんです。結局、大阪駅には約15時間半遅れで2月3日の早朝に到着しました。記録的な遅延を経験した私は、報道陣の取材を受ける側になりました。そして新聞記者さんが、「女子鉄アナ928分遅れも『夢のよう』」「寝台特急乗車記 : 女子鉄アナが語る『運命を感じた2泊』」といった見出しで報じてくれたんです。それが「女子鉄アナウンサー」と呼ばれるようになった始まりです。
 「トワイライトエクスプレス」は運行開始日が私の誕生日と同じで、親近感と憧れのある列車でした。だから予定よりずっと長く乗っていられたことが本心からうれしかったし、除雪作業や乗客のケアに奔走するスタッフの皆さんの姿にとても感動しました。乗客も皆さんも和やかに語り合ったりと本当に夢のようで運命的な2泊3日となり、大阪駅発行の「928分遅れの遅延証明書」は宝物になりました。遅れたのに、というより遅れたことを喜んでいる私を『夢のよう』『運命』と的確に表現し、「女子鉄アナ」とセットで久野知美を世の中に出してくれたメディアと「トワイライトエクスプレス」には感謝でいっぱいです。

【報道の記事をパネルにしたもの(お客様からのプレゼント)と遅延証明書とともに】

※久野さんのブログから

久野さんご自身も、お仕事やSNSで情報を発信される立場でいらっしゃいます。どのように情報収集していますか。

 情報収集で活用しているのは、一番はインターネット、そして新聞です。ニュースサイトでの検索はなんといっても旬な話題をキャッチできますし、鉄道関連の情報にしても台風被害で運行がストップしたといった速報も入手しやすいです。ほかにも鉄道系の雑誌も読みますし、新聞は一般紙のほか交通・運輸業界の総合専門紙にも目を通します。博物館にもよく行きます。さいたま市大宮の鉄道博物館は、通いすぎて学芸員さんともすっかり仲よしになりました。最新のネット情報、新聞や専門誌の情報、学術的知識も体系的に親しみやすく得られる博物館など、ほしい情報に合わせて入手先を使い分けています。これらは私にとってほぼ日常的と言える情報収集ですね。
 大事な取材、原稿を書くような仕事の下調べでは、私はプロに聞くのが肝心と思っています。最前線の専門家から聞ける一次情報は、まさに生きている情報です。私の場合、そのために鉄道会社の広報・営業の方とのつながりや信頼関係を大切にしています。交通・鉄道関連の企業の方や大学の先生、建築・工業デザインなどの専門家との出会いも貴重です。事前に取材対象について勉強し、公式サイトなどの情報はもちろん把握した上で、取材時に先出し情報がないかを聞いたりします。踏み込んだ質問ができ、「これはメディアの方に初めて言いますが」なんて話が始まると心の中で「よっしゃ!」と叫びます(笑)。

白書にも目を通されているとお聞きしました。

 私の最新刊では、私自身がたくさんの現場に潜入取材をし、最新データやそこで働く人々、新旧の車両も選手名鑑風に紹介した、まさに情報盛り沢山の本です。メディアで働く人間として、発信したい情報の裏取りは必須です。監修のマネージャー南田も、取材先の方も出版社の方も原稿チェックはしてくれるのですが、それを疑うということではなく、自分でできることに手を抜きたくないのでしっかり裏取りします。私はこれまでに4冊著書を出していますが、間違いない情報であるか、国会図書館に足を運んで資料にあたることもありました。こういう時には白書も頼りになります。白書は、その分野を専門とされる方々が編集に携わり、事実関係を丁寧に確認されてまとめられた資料です。スマホからでも閲覧できるので、手軽に正確な情報を得るのに重宝しています。

情報を発信される立場として、久野さんのこだわりはありますか。

 フリーアナウンサーとして様々なSNSで活動を伝え自分をアピールすることは、仕事の一つでもあります。番組出演やイベント司会でも、台本はあっても女子鉄アナとして支持をいただいている私らしさを大切にしています。そういった発信の場で私が心がけているのはユーモア。専門的な話に終始すると興味のない人はつまらなく感じてしまう場合もあるので、クスッと笑ってもらえるような要素を取り入れるようにしています。たとえば「鉄分」というワード。鉄道ファンではないけれど鉄道の小ネタを語った人に、「鉄分多めですね」と言うだけで笑いが起こりますよ(笑)。

【一つひとつの情報発信を大切にしています】

※久野さん提供

久野さんにとって「伝える」とは?

 多くの人に鉄道の楽しさを伝える仕事をしていますが、マスメディアへの発信でも友達に1対1で伝える場合でも、相手の心を動かしたいというとき、大切なのは熱意なんだと思っています。相手の関心が1でもあれば、こちらの働きかけ次第で100になる可能性があります。大事なのは、どこまで相手のことを考えられるか、本気で伝えたいと思えるか。どの情報をどのような形で伝えていくかを工夫することもポイントです。
 私は身近な人とも一緒に鉄道の魅力を楽しんでいます。たとえば昨年、鉄道ファンではない友人を誘って、外観も内装も美術館のようなデザインやアートで人気だった「現美新幹線」に乗ってきました。友人はアート派というよりは登山で絶景を訪れるのが好きなアウトドア派なのですが、フォトジェニックな車両や絶好の撮影ポイントをおさえ、さらにグルメでひと押しした鉄道旅に大満足してくれました。最後には「鉄道好きになってきたかも。また何か乗りたいな」と言ってもらえ、ニンマリです。
 おすすめの鉄道を尋ねられると、詳しい人だからと頼ってもらえた喜びで、とっておきの情報を伝えたいと力が入ります。最近も、ある記者さんとスイスに団体取材に出た時に「プレスツアーの行程以外におすすめの鉄道ある?」と聞いてくれたので、マッターホルンの麓のツェルマットという町から出るゴルナーグラート鉄道をすすめました。山岳地帯をぐんぐん上がっていく登山鉄道で、壮大な山々の景色と大自然の空気を満喫できる、スイスでしか味わえない鉄道です。「めちゃめちゃよかった!」と大感激してもらえて、とてもうれしかったです。自分の情報がその人の思い出の1ページに役に立つなんて、最高ですよね。

相手の信頼に応えるための工夫をされているんですね。

 相手の信頼を裏切らないためには、自分の持つ情報を更新していくことも大切です。資格や検定の勉強をするのは、自分の知識の定着や整理に役立つと思います。私は鉄道が好きで旅も好きなので、世界遺産検定にもチャレンジしました。今2級ですが1級も取得したいですね。白書のように毎年最新の情報が掲載された資料を活用することも手だと思います。データも豊富ですし、なぜそうした変化が起きているかの背景も理解することができます。これからもいろいろな情報に触れて研鑽を続け、自信を持って情報提供できるメディア人でありたいです。

最後に、読者に向けたメッセージをお願いします。

 21、2歳の私は、大学を自主留年して翌年も受けたほど放送局に入りたいと考えていました。でもどの局にも「いらない」と言われました。「ムーンライトながら」は挫折の記憶でもあります。それでも、今私はアナウンサーです。あの時の私は放送局という安定したレールに乗りたくて必死だったけれど、レールはその一本だけではなかった。生きてさえいれば、見方を変えてみれば、別のレールもあると気づくことができます。何かに迷っている人や努力が報われないと思っている人は、自分の可能性を限定せず、いろんな方向に目を向けてほしいと思います。自分のレールは自分で敷くくらいの気概を持ちましょう。
 フリーアナウンサーで頑張りつつ、上京したての頃は全てのレギュラー番組を卒業してきたので収入が安定せず、東武鉄道の東武東上線の沿線でビラ配りのアルバイトをしたこともありました。そんな私が今、その路線を走る座席指定列車「TJライナー」の車内アナウンスをしています。車内アナウンスは西武鉄道や北総鉄道でも務めています。鉄道会社には趣味で楽しませてもらって仕事にもつながっている上、直接の仕事もいただけることになった巡り合わせに、「諦めずにアナウンサーでいてよかった」と感慨深いです。同時に、「中の人」になった責任感もヒシヒシと感じています。鉄道からもらったものはありすぎるので、これからは私から鉄道へたくさん返していきたいと思っています。女子鉄アナウンサー久野知美の、「鉄」の恩返しです。

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