トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.8

“地下”を攻める! 新たな挑戦

狭い狭いと言われ続けた日本の国土にあって、利用しつくされていないのが地下空間だ。外部から完全に隔離できるという、地球上のほかの空間にはない特長を持つ。これまでは、道路や鉄道など交通網の敷設や、豪雨時に水をためる防災施設などとして使われてきたが、活用法はこれにはとどまらない。香港では地下都市の建設も進んでいるが、日本でも工場などで排出されるCO2の封じ込めや、地下工場の建設など様々なアイデアが実用段階に入っている。いっそうの利用に向けた課題を探る。

Angle A

後編

農業の将来像を握る植物工場

公開日:2019/7/12

伊東電機

会長

伊東 一夫

新しい事業を展開するには、困難がつきものだ。「地下」と「植物工場」を融合させた新分野の開拓は、法律にとっても未踏の領域で、理解を得るためにも「なんとしても成功させたい」と伊東会長は意気込む。初期投資や運営コストを最小限に抑え、露地栽培の作物と近い水準までコストを引き下げなければ、地下の植物工場は「絵に描いた餅」に終わってしまう。伊東電機は、地下空間の魅力に突き動かされ、活路を見いだそうとしている。地下空間に、低エネルギー農業の可能性を模索し、兵庫県宍粟市で大規模な地下植物工場の建設計画に着手し始めた。

千葉・習志野の実証実験は順調ですか?

 1日200株の生産は、現在、実証実験中ですが、約1年半を経過し順調に推移しています。そこで生産規模を拡張しようと考えていますが、地下の共同溝を活用した無人植物工場には前例がありません。このためこの設備は、防火対象物に当たるのか、そうであれば消防設備を完備すべきなのか、という問題が発生したのです。
 地元消防署からは「一般工場と同じような消防設備を設置するように」と指導を受けました。つまり、屋内消火栓、連結散水設備、自動火災報知機等の設置を求められたのです。試算をしたところ、消防施設の費用は、栽培設備よりも高くなることが分かりました。
 地下共同溝での植物栽培は、地下のトンネルにある野菜畑で全自動で栽培するため、基本的に無人です。仮に火事が起きても人命に影響はありません。しかも、植物栽培装置には大量の養液が循環しており、ほとんど燃える物はありません。ちなみに、各地にある共同溝には消防設備はありません。重大事故につながる危険性が低いから不要なのではないでしょうか。地下植物工場にとって、低コスト生産は生命線です。せっかく電気代が抑えられる地下に生産するのに、消防設備コストが莫大なら、事業は成り立たなくなります。

最先端の生産技術がありながら、ハードルは高そうですね。

 ある時、相談に乗ってくれていた人が、「内閣府にあるサンドボックス制度を活用したらどうか」とアドバイスをしてくれました。調べてみると、規制のために技術革新が進まないことは多いらしく、内閣府はそうした状況に対応し、国内の技術革新を後押しするということで、各規制の柔軟な運用を働きかけようと考え出した制度なのだそうです。私たちもこの制度を通じて、行政側の理解を求めたいと思っています。この課題をクリアしないと、この技術は使えません。
 私たちの技術は、国レベルの問題解決に貢献すると思っています。だから、千葉の実証実験段階でつまずくわけにはいきません。この地下植物工場の問い合わせは海外からも来ています。ドバイのような石油産出国からは「今すぐにでもこの技術を導入して栽培を行いたい」という声も出ています。彼らには金はあるが、新鮮なシャキシャキのレタスを栽培できる気候条件がないのです。我々は日本で一定の成功を経た後、海外にもこの技術を輸出し、日本の植物工場技術を広げたいと思っています。

千葉県の地下共同溝

千葉・習志野のような遊休資産は他にもあるのでしょうか。

 今回はたまたま習志野に地下共同溝があったため、植物栽培を始めましたが、都心のビルの地下などにも遊休空間がたくさんあると聞いています。まずは、自分たちが植物地下工場を大きく展開して、この技術が有用だということを示したいと思っています。
 近いうちに兵庫県宍粟市の山間部に、地下植物工場を大展開したいと計画しています。山林150ヘクタールを購入し、その山間部の尾根と尾根の谷間にチューブ上のトンネルを敷設し、上から土をかぶせて地下空間を作る構想です。トンネルの長さは、約50メートル。それが10本もあるため、レタスだけでなく、キノコやイチゴなども栽培したいと考えています。植物工場で使う電気は、里山のソーラー発電や、間伐材を使ってバイオマス発電で賄いたいです。環境負荷が低く、里山が再生するような活用をしたいと思っています。

レタス以外も展開するんですね。

 もちろん、キノコ、イチゴのほか、最終的には穀物も生産したいと思っています。農業の後継者不足の一因に、技術が次世代に伝承されないという問題があります。経験を積んだ人が作る作物は一等品でも、素人が作れば二等品、三等品ということになってしまいます。しかし研究を重ねることで、各作物にとって最適の光、空気、気温、養液、土を、あらゆるモノをインターネットにつなげる「IoT」のデータベースと、AIで割り出し、特殊技術や経験を持たなくても、世界を納得させる農作物を作れるようにしたいです。それを、環境負荷のない「ゼロエミッション」で実現したいと考えています。例えばキノコが排出する二酸化炭素を、イチゴが吸収するサイクルです。電気は里山のソーラーや間伐材で発電し自動搬送技術を駆使して太陽光の活用も最大限行います。また農薬を使わないように、消毒作用のある木炭を使った培地を作りたいです。最終的にはマツタケ栽培まで広げていきたいと思っています。

構想は大きく広がりますね。

 私はこれまでの経験をもとに「第2の創業」として、里山の活性化と植物工場に注力したいと考えています。地下の植物工場の出現は、日本中で注目されると思います。昨年は千葉の工場に年間500人が見学に訪れました。地方行政も期待をかけてくれています。そのために、なんとしても地下空間の植物工場を軌道に乗せたいと考えています。(了)

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