トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.4

公共インフラは、財政圧迫要因か? 新たな社会資産か?

高度成長期に大量に建設された道路、橋梁、トンネル、ダム、堤防、上下水道などのインフラの更新期が迫っている。今後、老朽インフラの維持管理更新費は増加すると見込まれており、現状の予算水準では、新規投資が一切できなくなる将来も遠くない。他方、空港にはじまり、上下水道、高速道路とコンセッション方式による民営化が拡大している。今後、必要な維持管理費をまかないつつ、必要な投資を行っていくためには、どうしたらよいか。受益者負担、有料化、民営化、インフラ集約化など、今後の方策を識者に聞く。

Angle B

前編

“喜び”がある社会資産を

公開日:2019/2/19

株式会社ディー・エヌ・エー

代表取締役会長

南場 智子

ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)はサイバー空間で大きく成長した企業だ。そのDeNAが2012年にプロ野球の球団を取得し、街づくりにまで関わる「コミュニティボールパーク化構想」を発表し、2019年には本拠地球場の横浜スタジアムを拡張。また横浜市と地域経済活性化等に向けた協定を結ぶなどリアルの世界に積極的に進出している。公共的な施設の維持や発展に、ITの力を活用できないか。同社の創業者で会長の南場智子氏に聞いた。

南場さんは横浜DeNAベイスターズのオーナーであるだけでなく、横浜スタジアムを核とした街づくりにまで挑戦しています。そもそも、横浜には縁があったのですか?

 「いいえ、何もないんです(笑)。球団を持ってから横浜の可能性の大きさを痛感しました。歴史があり、経済規模も大きい。加えて市民性がとてもオープンなんです。港町のためか、新参者にとても優しくて、球団を愛してくれる。その感謝の意味もありますし、ビジネスとしての可能性も感じました」

ゲームなどエンターテインメント領域で成功したDeNAがプロ野球に進出したのは、新たなコンテンツが狙いでしたか?

 「全く脈絡のない話で、ある幹部の純粋な野球愛から始まったんです。私は最初は反対しました。本業をもっとしっかりやろうよと話したんです」

IT企業であるDeNAが、リアルな世界や特定の地域に深く関わるに至ったのはなぜでしょうか。

 「私たちはエンターテインメントと社会課題の解決の両方に本気で取り組んでいます。こういう企業は珍しいと思います。もともとはeコマース(電子商取引)で流通を新しくしたいという思いで会社を始めました。エンターテインメントの会社ではなかったんです。まだ上場する前、おそらく女性のベンチャー経営者だからということで内閣のIT戦略本部員に選ばれた時にも、多くの社会課題に向き合うことを学びました」
 「苦労して新しいトライアルをしていく中で成長したのが、モバイル領域でのSNSやゲームでした。そこでエンターテインメントの深みや面白さを学びました。でも、社会課題の解決というテーマは私たちの遺伝子に組み込まれているんです。ゲームの事業では、お客さんの“離脱予測”というスキルが必要です。多くのデータを人工知能(AI)で解析し、お客さんに楽しんでもらう手を打つことによって継続してもらう。そういう“エンゲージメントサイエンス(関わり続けて頂くための研究)”は、ゲーム以外にも役立ちます。例えば健康維持のためのウォーキングを続けてもらうような使い方も出来ます。義務じゃなく、楽しんで歩いてもらえるようになれば、健康維持という課題はうまく回ります」

そこに球団が加わったわけですね。

 「私たちは世の中に喜びを届けるために働いています。それまでのお客さんは“インターネット越し”で、喜んでいただいているかどうかは、主に数字などのデジタルな情報で確認していました。なので、目の前で選手がホームランを打ち、知らない観客同士が総立ちになりハイタッチで歓びを交わす光景を目にしたとき、感動したんです。人に喜びを提供することで、こんな幸せな気持ちになれるんだということを改めて感じました。DeNAでは、年に数回、社員を球場に送って観戦する機会を設けています。人に喜びを届ける感動を実感してほしいと思ったんです」

【インフラとITの融合がチャンス】

「インターネットとAI、ソフトウェアがインフラの世界に組み込まれる」

今後はリアルな世界で勝負するということでしょうか。

 「私には平成時代の経営者としての反省があります。昭和の時代には、世界中にインパクトを与えた企業が日本からたくさん出ています。トヨタ自動車もホンダも、ソニーもそうです。でも平成の時代、国境が実質存在しないインターネットの世界で大勝ちしたのは米国の巨大IT産業でした。ネットの利便性を世界の多くの人が享受したけれども、その大本を提供したのは日本ではない。私たち日本のIT企業が不甲斐なかった」
 「これまでのITは、いわばネットに閉じた社会でした。でも、この先のITの勝負はスポーツをはじめ、物理的なものが関係してきます。社会インフラも、そのひとつでしょう。モノが関係したITなら、日本にもそれなりに競争力はあります。そこに勝機を見て、大きな成功を日本市場で得られれば、次はアジアです。リアルな世界は勝ちを積み重ねることができる領域であり、チャンスなんです。インターネットとAI、ソフトウェアがインフラの世界に組み込まれます。製造業でいうコネクテッドインダストリーも同じです。すべてがインターネットとは無縁でなくなってきました」

DeNAは横浜市とスポーツ振興、地域経済活性化等に向けた包括連携協定を結びましたね。

 「『コミュニティボールパーク』を街レベルに展開する構想を掲げています。観戦型スポーツに加え、ランニングやウォーキングなど市民参加型スポーツ振興と、それによる新たな人の流れの創出。市民の健康に関する活動やイベント、子どもたちの体力向上に向けた取り組みなどに市と共同で取り組みます。私たちに可能な役割があれば、積極的に担っていくことで自治体と信頼関係を強固にします」
 「横浜市だけでなく、ベイスターズの2軍は横須賀だし、プロバスケットボールクラブの『ブレイブサンダース』の本拠地は川崎で、神奈川県と縁が深いんです。われわれのヘルスケアのサービスは県から補助を頂きました。タクシー配車のアプリでは、最初に神奈川県タクシー協会と先行してやらせてもらって実績を積みました。実証の場であり、最初に新しい価値を届けられる場所でもあるわけです。そうしたホームグラウンドが持てたことは、企業として、とても重要です」

※後編は2月26日に公開予定です。

なんば・ともこ 1962年新潟県生まれ。1986年、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。1990年、ハーバード・ビジネス・スクールにてMBAを取得し、1996年マッキンゼーでパートナー(役員)に就任。1999年に同社を退社して株式会社ディー・エヌ・エーを設立、代表取締役社長に就任。2011年に病気療養中の夫の看病に専念するため代表取締役社長を退任。その後取締役を経て2015年横浜DeNAベイスターズオーナーに就任し、プロ野球初の女性オーナーとなった。同年に取締役会長、2017年代表取締役会長に就任(現任)。主な著書に『不格好経営』(日本経済新聞出版社)などがある。
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