トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.18

自転車で切り拓く、新たなライフスタイル

近年、全国各地でサイクルツーリズムやシェアサイクルなど自転車を活用した取り組みが活発だが、自転車には観光振興、環境に優しい都市空間の創出、交通渋滞の緩和、健康づくりなど、様々な面からの暮らし向上につながる可能性がある。民間はもとより国も2017年に自転車活用推進法を施行し、5月を自転車月間と定め、18年には自転車活用推進計画を策定するなど自転車の活用推進に積極的に取り組んでいる。自動車社会の見直し機運が高まる中で、自転車をどのように位置づけていくか、各地で議論が活発になっている。

Angle B

後編

「次の10年」経済面を支える時代に

公開日:2020/5/22

シクロツーリズムしまなみ

代表理事

山本 優子

自動車を中心とした交通体系は、時代の転換点にさしかかろうとしている。2017年に施行された「自転車活用推進法」では、基本理念で「交通体系における自転車による交通の役割を拡大する」(第2条)との考えを明記し、2019年11月には国土交通省が、「しまなみ海道」を「ナショナルサイクルルート」として指定した。こうした自転車を巡る環境変化の中で「しまなみ海道」は今後、どのような活動を行っていくのだろうか。

法整備などは皆さんの活動に追い風となっていますか。

 もちろん追い風です。官民連携の取り組み機運は高まっています。愛媛県では2013年の「愛媛県自転車の安全な利用の促進に関する条例」を施行後、県民に自賠責保険への加入やヘルメットの着用など、「車両」としての自覚を求める運転などを推奨しています。また、11月第2日曜日を、自転車を楽しむ「愛媛サイクリングの日」として、各地でイベントを開催しています。自転車活用は「しまなみ」だけではなく、県全体での取り組みになっています。
 ナショナルサイクルルートに認定されたことは大きな出来事です。しかし、世界標準からみれば、「しまなみ」の推奨コースは70キロとまだ小規模です。海外の人気コースは4000キロの規模だったりしますので、これからは四国全体を巡る自転車コースへと広がっていけばいいなと思っています。愛媛県では四国を「サイクリングアイランド」とすべく、4県での協力体制を作ろうとしているようです。また、鉄道事業者との連携推進も課題です。JR四国は期間限定で、車両内に自転車の持ち込みを認める企画「サイクルトレイン」を実施しています。今後、多くの交通手段でこうした施策が進むことが期待されます。

自転車利用への理解は広がりつつありますね。

 確かに広がっています。かつては「自転車は歩行者の仲間」という考えが、常識化していて、自転車利用者は「歩道を走って何が悪い」と思い、ドライバーも「歩道はガラガラなんだから、車道を走られては困る」と考えている人が多数でした。しかし、今では「自転車は車道を走る」ということが浸透しています。人の意識も、行政の取り組みも、変わるときは変わるんですよね。私たちはその変わる時に備えて、しっかりと準備をしたいと思っています。いずれは、電車の中に自転車をそのまま持ち込める時代が来るかもしれません。
 とは言っても、観光面ではまだまだスタート地点に立ったばかりです。最近は地域外の資本がやってきて「しまなみ海道」周辺に宿泊施設を作る動きも目立ってきました。かつては考えられなかった動きが始まっています。この地で、自転車旅行を観光産業に育てる事業が立ち上がっているのです。若い移住者たちが、創意工夫してこの地で商売を始める動きも出ています。私たちは、今一度、地元住民と協力して、地域振興の観点で進めてきた取り組みの原点を見直す時期だと思っています。それに加え、外からのエネルギーを得て、新たな一歩を踏み出すチャンスも創りたいですね。これまで、「自転車乗りの人は、土産は買わんしね」と、地元の人が愚痴をこぼすのを聞いてきました。しかし、一方で「買うものや買う場所がなかった」という見方もできると思います。次の10年が経済面を補強していく時代になればいいなと思います。

【サイクリストたちが体を休めて交流を楽しむ休憩所「サイクルオアシス」】

シクロツーリズムしまなみ提供

「しまなみ海道」のセールスポイントは何でしょうか。

 まず第一に、その美しさです。瀬戸内の多島美に橋が架かったことで「世界中でほかにどこにもない美しさ」ができました。有人島を橋でつないだ美景はここにしかありません。六つの橋もそれぞれ個性があり、それぞれにファンがいるんです。そこを自転車で走る。いつでもペダルを止めて、シャッターを切れる。少し走れば景色は変わる。時間によっても、季節によっても景色が変わる。のどかな漁港もあるし、ダイナミックに動く大型造船所もあり、変化に富んでいることも外せません。
 そして第二に、「もう一回訪れたい」と思わせるのは、地元民との交流なんです。文化のふれあいです。今治から尾道まで完走した人同士で思い出話に花が咲くこともあると思いますが、その中で「農家のおばちゃんからもらったミカンがうまかった」とか「あの脇道の先の集落は風情があった」などと語られます。橋からみる多島美の景観はしまなみの強みですが、「もう一回訪れたい」という気持ちになってもらうために、サイクリストと地元民をつなぐ役割は、私たちの務めだと思っています。この二つが、しまなみの競争力だと思います。
 かつて「しまなみ海道」ができたばかりの当時、「車窓からの眺めが美しい」と書いてある旅行会社のパンフレットがありました。松山・道後温泉から広島・宮島へ移動する途中の景色に過ぎなかったわけです。しかし自転車旅行では違います。その地域とじっくりふれあうことが目的になります。自転車旅行にはそうした可能性があるわけです。

自転車には地域を変える可能性がありますね。

 そう思います。自転車に配慮した考え方を少し取り入れるだけで、地域は変わります。ここは歩行者専用、ここは自転車が安全に走れるようにする、などという道路の仕組みを作れば、街全体の交通体系が変わり、安全な地域になります。
 小さい子どもにとっては、自転車に乗ることは冒険です。例えば地元の子どもには、小学生のうちに、「しまなみ海道を完走しよう」と提案することは、夢があると思います。「そんなばかな」って言われてしまいますが、5年後には実現しているかもしれません。なぜなら5年前には「自転車は車道」と言ったら「そんなばかな」って言われていましたから。
普段着のままでいい、お気に入りの自転車があればいい。自転車を生活に取り入れることで、できることがあると思います。それが「しまなみ海道」のたもとのまちで暮らす私たち地元の人たちができることなんじゃないでしょうか。(了)

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