トリ・アングル INTERVIEW
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
vol.25
鉄道×デザインのニューウェーブ
新型コロナウイルスの感染拡大により、通勤や旅行需要が減少し、各社は利用者の大幅な減少に苦慮しているが、鉄道には単なる移動手段としてのみならず、快適な旅を演出する空間や、車窓から見える風光明媚な景色を楽しめるなど魅力が満載である。なかでも近年は、内外装に意匠を尽くした観光列車や、居心地の良い駅舎などのデザインが注目を集めている。そこで、奇抜な「顔」が話題の叡山電鉄「ひえい」や、地域に根ざしたイメージ戦略が注目を集める相模鉄道の取り組みなど鉄道デザインの“いま”を探った。
後編
トータルデザインでシームレスに!
公開日:2021/1/29
株式会社GKインダストリアルデザイン
代表取締役社長
朝倉重德
後編
鉄道デザインへの理解が広がり、豪華寝台列車や観光列車、ローカル線などの魅力を引き上げる手段としても注目が集まる。ビジネスや観光などの用途の違い、地域性はどのようにデザインに反映されるのだろうか。
近年は豪華観光列車やラッピング列車などデザインを一つの”売り”にした車両が登場していますね。
通勤電車や都市間特急などインフラとしての鉄道網の整備が進み、次のステージに入った表れだと感じています。つまり生活水準が向上し、単に移動する段階から乗車を楽しむようになった。寝台列車が代表例です。かつては長距離移動の手段でしたが、工業デザイナー水戸岡鋭治氏がデザインしたJR九州の「ななつ星in九州」や、工業デザイナーの福田哲夫氏とインテリアデザイナーの浦一也氏が手掛けたJR西日本の「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」などは周遊型なので発車駅に戻ってきます。まさに乗ることが目的になっているんです。だから、幅広い層が利用する通勤列車より、乗車時間を楽しむ人を想定したデザインが求められます。
観光特急や「成田エクスプレス」(N’EX)も移動の要素はありますが、旅行という用途に適したやや特徴的なものが考えられます。例えば、N’EXは空港アクセス特急なので、海外旅行気分を盛り上げるために飛行機風のインテリアにしました。一方で、外装は赤と白を基調にして、訪日客に日本のテイストを味わってもらえるデザインにしています。
叡山電鉄(京都)の観光列車「ひえい」などローカル線も特徴的なデザインで存在感を発揮していますが、地域性はどう反映していますか?
ひえいは請け負ったGKデザイン総研広島(広島市)が、沿線地域を調査する中で、比叡山及び山麓観光の本当の魅力が他県の方にあまり伝わっていないことがわかりました。そこで地元の特徴をアピールするようなデザインが必要と考え、車両フロントから車窓、内装まで楕円(だえん)を取り入れたインパクトのあるものに仕上げています。ただ、ローカル線でも通勤車両でも長期に利用されることは変わりません。そこで車両コンセプトから導かれた普遍的な形である楕円をモチーフとすることに決めました。
【叡山電鉄ひえい】
一方で、東京や名古屋、大阪などを結ぶ新幹線の場合は地域性が薄いので、このようなデザインはやり過ぎになってしまいます。乗客の目的や運行区間、地域によって発想を変える必要があります。
沿線の景観など地域の特徴はどうデザインで表現されますか?
鉄道は駅舎から都市部、山間部などいろいろな場所を走るので、景観に完璧に調和させるのは難しい。だから、直接的に表現するのではなく、住民や環境、イメージなどを勘案して一つのコンセプトに集約し、そこから発想する。例えば、近鉄の「ひのとり」は基幹特急としての気品と威厳がテーマだったので、(線路の障害物をはね避ける車体下部の)排障器を一体とした塊(かたまり)感と、重心を低くして強さを感じるシルエットに仕上げました。
近年は車両のみならず、駅舎や案内表示などデザインの枠が広がっていますね。
広島高速交通の新交通システム「アストラムライン」や、富山市のLRT(次世代路面電車)「富山ライトレール」はコンセプトから車両、停留所まで一貫して提案するトータルデザインの手法を活用しています。主な目的は2つです。まず、ユーザー視点から駅構内のデザインを総合的に考えればシームレスな移動が実現できます。駅の設備はさまざまな業者が関わるので統一する難しさはありましたが、トータルデザインの意味を理解してもらうことで実現しました。次に、車両デザインの目的としても言及しましたが、ブランド価値があります。例えば、家電メーカーがプロダクトの世界観を統一し、ブランドを構築するようなイメージです。
【富山ライトレール】
トータルデザインをさらに進めると、いま注目されている次世代移動サービス「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」のような概念に発展していくのかもしれません。
新型コロナウイルスの影響で鉄道利用が減少していますが、今後のデザインに影響はありますか?
個人的にはコロナ禍が収束すると利用は再び増えると思いますが、通勤・通学が分散したり、出張が多少減ったりする可能性はあります。だから、ラッシュで立つ乗客を想定した設計から、座っている乗客をより意識するなどの変化はあるかもしれません。
また、いまの感染対策が、収束後も生きるかもしれないと考えています。例えば、ソーシャルディスタンス(社会的距離)は、プライバシーの保護にも有効ですし、窓を開けているような換気や空調を実現すればインフルエンザ対策などに活用できると思います。
最後に読者へメッセージをお願いします。
いま「デザイン経営」という言葉がよく使われています。経営にデザインの視点を入れるという意味ですが、わかりづらい部分もあると思います。一つの解釈を伝えると、「定量」「定性」の両面から考え、判断することだと思います。定量は売り上げや機能、人間工学など数値化が可能なもの。一方で、定性は先述した体験や美しさの価値ですね。この両方を満たすのがデザイン経営ですが、特に定性面の判断力を養ってほしいです。
個人的に「定性力」と呼んでいますが、簡単に言うと目利きになること。一朝一夕に学べるものではないし、頭で理解するものではないので、常日頃から感性を鍛えてください。題材は形あるものに限らず、スポーツやパフォーマンスにもあると思います。武道の達人の動きは美しいと感じますが、それはなぜか。自然の摂理や重力に合致した動きをしているからなのか。日ごろから分析することで感覚が身に付いていくと思います。(了)
後編
CS番組のMCとして、全国の鉄道をリポートしている柏原美紀さんは、全国にはデザイン性に優れた観光列車や駅舎が多く、「鉄道自体を目的とした旅程の組み方で非日常を楽しめる」と語った。また、SNSを活用すれば「女性のファンはもっと増える」とも指摘した。相鉄ホールディングスの山田浩央氏は、車両や駅舎のデザインを含む企業ブランドの統一や沿線の魅力のアピールで「若者にはSNSでの発信が有効」と語り、その反応に「手応えを感じている」と語った。鉄道デザインの歴史を築いてきたGKインダストリアルデザインの朝倉重德社長は鉄道の役割が「人を効率的に移動させる『量』から、快適性や環境配慮などの『質』に重点が移行している」と指摘。そのうえで、コンセプトから車両、駅舎までの「トータルデザイン」の重要性を強調した。
次号のテーマは「無形文化遺産」。昨年末、ユネスコは、日本の宮大工や左官職人らが継承する「伝統建築工匠(こうしょう)の技 木造建造物を受け継ぐための伝統技術」を無形文化遺産に登録することを決定しました。世界に日本の伝統工芸技術を発信することで、いかにして後継者不足を克服し技術を継承すべきかを3人の識者にうかがいます。(Grasp編集部)