トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.32

可能性の宝庫!深海大国ニッポン

四方を海に囲まれた日本。日本の海(領海と排他的経済水域)の広さは世界で6番目で、そのほとんどが深海です。食卓を彩る海産物を生み出す生態系、産業の発展を支える原油などの資源にも深海が関わっています。普段私たちが見ることのない世界に何があるのか、その可能性を探ってみます。

Angle C

前編

深海の面白さ

公開日:2022/1/4

JAMSTEC

高井 研

太陽の光が届かない深海とは、どんな世界なのでしょう。深海の謎を研究するJAMSTEC(海洋研究開発機構)の高井研氏は、水深6500mまで潜水可能な有人潜水調査船「しんかい6500」などで20年以上、世界の深海に潜り続けてきました。実際に潜ってみてこそ実感できる深海の魅力と面白さについて、高井氏に存分に語っていただきました。

高井さんは、深海に関するどんな研究を行っておられるのですか。

 深海には、地下のマグマや高温の岩石で熱せられた海水が勢いよく噴き出している熱水噴出孔があります。その熱水に含まれる硫化水素やメタンをエネルギー源にして生きる微生物がいるんです。
 水温300度以上、太陽光がまったく届かない極限環境で、どうして彼らは生きていられるのか――それを調べることが、地球で生命が誕生した謎を解くカギになります。そんな極限的な深海の環境を研究することで、生命の起源を解きたいというのが、大きな研究テーマの一つです。
 われわれは、まだ地球上の生命しか知りません。でも、もしかしたら他の星にも生命がいるかもしれない。生命の起源を探るということは、生命とは地球上の特別な存在なのか、それとも宇宙の普遍的な存在なのか、そんな問いにもつながっています。
 また、水深6000mより深い超深海は、まだほとんど誰も行ったことのない世界です。そこはどんなところなのか。どれだけ変わった生き物たちがいて、どんなふうにして棲息しているのか。誰よりも早く調査して、超深海の世界の扉を開きたい――そんな野望も抱いています。

【熱水噴出孔】

※JAMSTEC提供

深海に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。

 もともと「ノーベル賞を取りたい!」と思って研究の道に進みましたから、とくに深海に興味があったわけではありません。自分の専攻でノーベル賞を取るためには分子生物学だということで、微生物研究をやることにしました。
 そのとき先生から勧められたのが深海熱水にいる超好熱菌だったんです。はじめはピンとこなかったのですが、「しんかい6500」で深海に行けるぞ、と言われて「それもいいな」と思いました。誰も行ったことのない未知の場所への冒険の旅――興奮するじゃないですか。

実際に深海に潜ってみて、いかがでしたか。

 衝撃的でした。深海って、真っ暗でほとんどは静かな思いっきり退屈な世界です。ところが、ひとたび熱水噴出孔付近に行けば、風景は一変します。生命に満ちあふれているんです。
ライトに照らされた光景は、まるで自分が子どもの頃に潜っていた川の底や海の磯場を見ているようでした。
 地上にいる人は、生命を支えているのは太陽エネルギーだと思い込んでいます。でも、太陽光がまったく届かない数千メートルの海底で、熱帯雨林に匹敵するくらいの密度で生き物たちが生きている。地下から湧き出るエネルギーによって、これほど豊かな生命の営みがあるのか――それが体感としてわかったのです。

そこに生命があるということは、潜る前から知識としてはご存じだったわけですよね。

 もちろん。それは微生物の研究者であれば当然知っている話です。
 しかし、頭で知っているのと、自分の目で実際に見るのとでは、まるで違います。
 みなさんの中にもテレビ番組などで深海の映像をご覧になった方がいるでしょう。でも、いくら画面にきれいに映っていても、それはリアルとは違う。
 野球でいえば、ニュース番組のスポーツコーナーで、ホームランシーンを見るようなものです。見た人は「○○選手がライトスタンドにホームランを打ったのか」と思うだけ。実際には試合が始まってからホームランが出るまで、ゲームの流れがあり、バッテリーとの駆け引きがあり、さまざまな要素がすべて関わりあってこのホームランが飛び出したのです。最初から試合を見ていた人なら、それがわかるはずです。
 深海熱水も、あの豊かな生態系に出会うまでには、長い長い暗くて静かな海水を潜るというプロセスがあり、退屈さや不安感、焦りや葛藤といった心ともつき合いながら、やっとのことでたどり着いた場所で目にするからこそ、はじめてリアルな実感として感じることができるんです。
 要するに「行かなければ話にならない」。僕のサイエンスの出発点はいつもそこです。
本とか映像で知ったつもりになってもダメ。僕は深海調査を続けることで、人が海に行くことの意味も問い続けているんです。

いま、研究をしていくうえで、どんな苦労や問題がありますか。

 やはりお金がかかるということが一番の苦労ですね。深海に行くためには、そのための設備を備えた船や機材がないと行けません。毎年のように予算はどんどん削られていきます。それは、深海に行く機会がそれだけ減ることを意味します。
 僕たちが若いころはまだ恵まれていました。思う存分に深海に潜れた。だからこそ、新しい発見ができ、成果を上げることができたんです。次世代の人たちにも成果を上げてもらうためには、十分に潜れるだけのお金を得ることが必要です。これを何とかしたいと思っています。

これまでの研究で、印象深かったものは何ですか。

 ノーベル賞を取ることよりも生命の起源を探求することの方が、はるかに大きな問題だ――大学4年生の時にそう思って以来、世界中の深海熱水に潜り続けてきました。そして「深海で生命は誕生した」という仮説に基づいて研究を進めました。
熱水孔付近は海水と岩石が高温で反応しています。その岩石の種類によって熱水の化学組成が変わり、熱水成分によってそこに住む微生物が変わる。要は石の種類で微生物の種類が決まるということを、十数年間にわたる調査研究で明らかにできたのです。これが僕の中では研究者としての一番の成果だったと思いますし、あきらめないでやってきてたどりついた最高の瞬間ですね。
 一方で、仮説にしたがって研究をずっと掘り下げてきたものの、それとは合わない事実が発見されて、それまでの前提がすべてひっくり返されるようなこともあります。「やり遂げた」と思ったことが、実はまだ全然やり遂げていないということがわかったときも楽しいんです。「死ぬまでやることがあるんだ」と思えますからね。
2009年には「白いスケーリーフット*の発見」がありました。絶対にいると確信があったんです。しかし、5年くらいかけて準備をして行ったのに、見つからない。壮大な空振りに終わるのかと思われた、最後の最後に見つかったんです。そういう瞬間はもう、とてつもない感動です。
 うまく行った研究も発見も、それまでの9割は苦しい道のりです。しかし、この9割の苦しみがあるからこそ、喜びは大きいんです。9割苦しんでもそのあとに喜びが来れば、全部が喜びになりますよ。

*編集部注
スケーリーフット…2001年にインド洋の深海で発見された鉄の鱗を体にまとう貝。
※後編は1月7日(金)公開予定です。

たかい・けん 1969年京都府生まれ。京都大学大学院農学研究科水産学専攻博士課程修了。 農学博士。専門は極限環境微生物、生命の起源、宇宙生物学。日本学術振興会特別研究員、旧海洋科学技術センターなどを経て、2004年から海洋研究開発機構(JAMSTEC)にて、海洋・極限環境領域における研究を牽引。現在は超先鋭研究開発部門 部門長を務める。
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